童話屋

朝日新聞コラム元「天声人語」子の、栗田亘さんによるエッセイ。

名筆といわれた著者は、読者少年だったそうです。

生まれて初めて出会った絵本が「大男とトム」。
小学生のときは「飛ぶ教室」「トム・ソーヤーの冒険」、中学生では蕪村の俳句、漱石の「坊ちゃん」。
林家正蔵の「あたま山」で落語に、中原中也から詩に目覚め、ついに「本はぼくの先生だった」に至る、若き日の読書物語。17作品の文学案内にもなっています。

---
栗田亘さんの「漢文を学ぶ」の愛読者だった茨木のり子さんは、著者が新聞社の入社試験に挑んだ折のエピソードが実によい、と手放しで褒めてくださいました。次の一文です。


「およぐ時よるべなきさまの蛙かな」与謝蕪村

▼突然話が変わるが、新聞社の入社試験には作文が出る。課題が一つ示され、八百字とか千字とかで文章を書かなければならない。しかも、語学や一般常識といった試験科目のなかで、作文の比重は結構重い。
▼ざっと四十年の昔、ぼくも試験を受けた。どんな課題が出るか見当も付かない。前の晩ぼんやりと蕪村句集を開いたら、この句に出会った。うん、単に情景描写だけでなく深みがある、想像力をかき立てる。これ使える、と思った。どんな出題であっても最初の一行にこの句を書こう。そこで心を落ち着けて、つぎに何を書くか考えよう。
▼翌日、出た題は「職業」だった。予定通り、いきなり「およぐ時よるべなきさまの蛙かな」と書いた。それで......結果はうまくいった。
▼蕪村には恩もある。お世話になった。
ページトップ