童話屋

「童話屋さんが今度出した『母の詩集』はどういう詩集ですか、池下和彦さんという名前も初めて聞きますが有名な詩人ですか」と何人もの知人から聞かれました。そこでぼくは「母の詩集」の123頁にある「店屋さんごっこ」という詩を紹介しました。

庭先にならべられた家中の靴
母さんはいま靴屋さんである
縁台に並べられた家中の傘
母さんはいま傘屋さんである
靴屋さんの
母さんも
傘屋さんの
母さんもいま店番にいそがしい
母さんに売ってもらった靴をはいて傘をさして
ぼくはいつもの買い物に出掛ける

知人は「母さんは認知症の人なんだ」とすぐ判りました。「うちでも義母が似たようなことをしでかしてそのたびに『困るじゃないか』とか『だめだよそんなことをしちゃ』と文句たらたらだったけど、そうか、母さんはままごとをしてたんだね」と言って涙ぐみました。

この詩集を読むと、人はどこまでやさしくなれるのか、そして、人は他人をどこまで許すことが出来るのかについて深く考えさせられます。

池下和彦さんとは銀座の和光でお会いしました。修行を終えたお坊さんのように、おだやかで、さっぱりしたお顔でした。そして、ぼくの出版の申し出にちょっと不安そうに「売れますか?」とお聞きになりました。
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